サラリーマン お小遣い稼ぎ実践

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深夜に突然自分の家に知らない女性が入ってきたら恐怖に打ち勝てるかどうか(前編)

希望に満ちた社会人生活3日目の深夜。私のワンルームマンションに知らないひとが入ってきた話。

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25歳の時私に起きた、今でもあれはなんだったのかまったく理解できない出来事を記します。この話は私自身が結論付けすることができず、今日まで来ています。

なお、本記事は私が経験した恐怖体験を事実そのままに記したモノです。記事タイトル通りの内容のため、購読は自己判断でお願い申し上げます。

大学生活の概要

以前家族雑記で、1浪して1年間牢屋よりも狭い空間でガリ勉をし、京都の大学に進学したことを書いた。

大学生活についてはまた別の機会があれば詳しく書きたいが、私は自分の大学生活を一言で表現しろと言われると

「自業自得により、人生で最も苦しかった時間」

と答える。

 

過去記事にも少し書いたように、大学に進学したばかりのころの私は、1年間のガリ勉の反動でタガが外れてしまい、徹底的に遊んだ。

 

仲間にも恵まれた。

頭が切れ、会話をしていても楽しい仲間たち。

この時間が、いつまでも続くと錯覚した。

 

1年生の時の取得単位は8(2コマ)

2年生の時の取得単位は12(3コマ)

1~2年生のころ、私はほとんど大学の授業に行かなかった。

 

私の大学には留年制度は無い。私の学部は卒業単位数が130と定められており、満たなければ5年生、6年生と年次が積み上がっていく。

 

先に述べるが、私は4年生大学卒業までに6年を要した。

 

留学していたわけでも、休学していたわけでも、バイトに励んだわけでも、遊びに励んだわけでもない。

 

楽しい大学生活は2年生まで。

大学3年生以降は、ただただ、ダラダラと過ごした。

いやダラダラというのも適切ではない生活をした。

 

大学生活については、また別の機会に書きたい。

大学3年~6年生の間、私が城としたのが京都市伏見区にあるアパート「ラッキーハウス」だ。

 

ラッキーハウスの魅力は?

この記事を書くにあたり、さすがにもう存在しないだろうと検索してみると、なんとまだあったラッキーハウス。

驚いた。

私が住んでいた時点でボロボロだったのに。

ラッキーハウスのスペックを、Googleを見ながら正しくご説明する。

遊びにおいでよラッキーハウス

京都市伏見区

1976年築。木造2階建てアパート

総戸数7戸。全戸西向き

4.5畳。家賃2.5万円

風呂はない

トイレは和式便所が各戸にある

キッチンというか、「流し」が各戸にある

洗濯機は私が住んでいた時はボロい家庭用のが1個、1階に置いてあった

この記事を書くにあたりネットで専有面積を調べたら、12㎡と記載されていた

私はこのラッキーハウスに、1998年~2002年の4年ほど住んでいる。

 

このときを題材にするとなんぼでも記事を書けそうなので詳細は別の機会に記したいが、この4年間は人生最低の時間だったと思う。

 

ラッキーハウスでの生活で、色々な事を学んだ。

 

朝、起きて、夜、寝るまで、誰とも会話をせず水も食事もとらなければ、唇のうえとしたが張り付いてしまうこと。

1日1個のカップラーメン生活を続けていけば、どんどん力が入らなくなるし、気力も失われていくこと。

冬に3か月までであれば、風呂に入らなくても人間はそれほど臭くならないこと。

夏はたった2週間程度風呂に入らないだけで人間は臭くなること。

夏、目を覚ませば、天井に10匹以上のゴキブリがはいずりまわっていること。

夏、常に全裸であれば、エアコンは不要であること。

冬、ジャンバーを着て寝れば、布団は不要であること。(4年間布団無し)

ひとに魅力がなくなれば、まわりのひとはどんどん離れていくこと。

こんな状態でも、ひとはバイトも努力もしないこと。

こんな状態でも、ひとはパチンコ、麻雀はしたがること。

こんな状態でも、高校1年生から付き合う嫁様は、OLになっても私を見捨てないこと。

そんな嫁様でも、さすがにこの部屋に入るのは嫌がっていたこと。

 

ラッキーハウスに住んでいた4年間の全期間が上記状態だったわけではない。ほんとのほんとに最低だったのは2年くらいか。

 

「あんた私に貸しがあるよね~」と嫁様はクスクス笑う。

OLの嫁様が財形を崩して送ってくれたお金を一日でパチンコですったりとか、このころのクズ話はいくらでもある。

 

また、嫁様は時々楽しそうに言う。

「あんたってトロいしグズだしサボリーだし怠けものだけど、昔からこれ以上いっちゃダメな一線は踏みとどまって、なんとか人生を立て直すよね。その立て直し能力だけは信頼しとるよ」と。それらもまた別の記事で記したい。

 

 

さて、そんなこんなで6年間大学に通った私も就職活動をし、なんとか卒業する。

 

一気に人生の転換を迎える。

新社会人としての勤務地は大阪だ。

 

嬉しかった新社会人のワンルームマンション

2002年3月30日頃。

4年間住んだ京都市伏見区のラッキーハウスから、大都会大阪市北区に引っ越しをした。

 

就職した会社は淀屋橋にあった。

ちゃりんこ通勤圏内に住むのが望ましい、という考えで、家賃と相談してワンルームマンションを選んだ。

選んだワンルームマンションは大阪市北区西天満3丁目にある〇〇ハイム中の島。

普通だよ〇〇ハイム中の島

大阪市北区西天満

1973年築。総戸数82個の投資用ワンルーム

都会らしくバルコニー前がマンションで日当たり無し

家賃4万円

ユニットバス付き‼

人生初のウオシュレット‼

キッチンというか「流し」が各戸にある

洗濯機は1Fにコインランドリー

鍵はシリンダーキーを2本渡された

この記事を書くにあたりネットで専有面積を調べたら、12.76㎡と記載されていた

ただの古い、狭いワンルームマンションなのであるが。

「ただのワンルームマンション」というのが「風呂すら無いラッキーハウス」との格差とも言える。

木造2階建て→鉄筋8階建て。投資用の分譲マンションであり、防音もしっかりしている。

最寄り駅は地下鉄南森町。淀屋橋、梅田まで自転車で10分以内。超都心。これで家賃が4万円というのも安い。

お風呂も付いている。これで寒い冬にブルブル震えながら流しの水をタオルで絞ってゴシゴシ体を拭かなくて良い。

ウオシュレットも付いていた。使用したことが初めてということは無いが、ずーっと和式だったのでモノ珍しい。

 

次に間取りの詳細を解説する。

間取りはとても一般的なワンルームマンション。

まず玄関に入る。細長い廊下が奥に続く。

玄関から入った廊下の左手にユニットバスの入り口。少し先の左手に流しがある。

その先には4.5畳の小さな空間が広がる。ここに机と布団を置いた。

 

引っ越したその日から、〇〇ハイム中の島で過ごす新生活に満足した。

 

そして、入社の日を迎える。

 

4月1日入社式

2002年4月1日。入社式を迎えた。

私は不動産会社に入社した。

配属先は大阪支社。

全国で50名程度が同期として入社した。大阪支社では20人程度。

4月1日(月)は入社式&総務課での入社手続き。

4月2日(火)は各部署のざっくりした紹介。総務、人事部、開発部、不動産流動化部、営業部を順に回る。

 

この時点ではまだ「お客様」扱い。しかし4月3日から営業部での研修が始まる。

泣く子も黙る大京系デべのガチ営業部。

明日から始まる厳しい研修を想像し、私はしっかり体力を付けておくために大好きな〇〇ハイム中の島の我が家にまっすぐ帰り、コンビニ弁当を食べ、この頃好きだったオンラインゲーム「リネージュ」をすることもなく、22時頃就寝した。

 

運命の2002年4月3日水曜日午前3時前

「ガチャシュン」

 

「・・・」

「?」

 

真っ暗な中、目が覚めた。

私は寝るときに電灯をつけない。

窓から差し込むわずかな光以外、部屋は暗闇となる。

 

何の音だ?

この音が耳に届くまで寝ていたわけであり、発生した音と同時に意識がおぼろげに戻った感覚。

何の音だ?

 

 

「カシーン」

 

「?」

この音は・・・。

 

ああ、あれだ。

ようやく耳に入った音と意識が紐付く。

 

玄関のカギを開ける時、シリンダーを穴に差し込み、回した時に発生する音。

カギを開ける音だ。

ということは、その前の音は、カギを鍵穴に入れる音ね。

 

ふむ。まだ頭がはっきりしないが…。

カギが開く音ね。

でも、どこからこの音がしたんだろう?

 

 

「ガチャ」

 

「ギィィィ…」

 

今度ははっきりわかった。

この音は。

 

ドアノブが回り、ドアが開けられた音。

 

どこのドアが? 

俺の部屋のドアが。

 

なぜ俺の部屋のカギを?

 

 

私のなかのアラートが鳴る

命の危険

臨戦態勢に入れ

 

一気に意識が先鋭化され

ふとんから飛び起き

玄関の方向に身構えた。

 

 

暗闇の中、わずかに差し込む光。

廊下の先に薄暗く玄関が浮かび上がる。

 

そこに。

 

私は異形のものを見た。

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ここでいったんまとめ

2002年4月3日午前3時に私に起きた出来事を、そのまま書き記させて頂きました。

17年経った今でも、この経験は何だったのか、人に説明することができません。しかし経験したことは全て事実です。

私に助けを求めていたのか。

それとも…。

このあと私がどのような行動をしたかを、後編で書きます。

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