サラリーマン お小遣い稼ぎ実践

中年サラリーマンが、世の中に氾濫するお小遣い稼ぎを実行し、それに関する情報をご紹介するブログです。

【雑記】いつまでも できるとおもうな おやこうこう

今週のお題「おとうさん」

このお題ですか・・・。書くのがどうかと逡巡しましたが、ブログを読んで頂いた皆様が、親孝行を考える一助になると考え、記します。今回私が申し上げたいのは、ありきたりですが「いつまでも できるとおもうな おやこうこう」です。

ブログアイコンは父さんとの思い出の品

私の父は船乗りでした。正確には無線通信技師。船が沈没する際、船長の次に最後まで船に残り、SOSを打つ仕事です。世界中の船に乗りますので、1年の内日本にいるのは3~4か月。普段は会えないけれども、休みはず~っと家にいて遊んでくれる、厳格ではありますがカッコイイ、自慢の大好きな父親でした。

しかし時代の流れとともに、「SOSを打つ仕事」自体がなくなります。父は仕事が先細るタイミングで、作った人脈を生かし今で言う脱サラをし、貿易会社を立ち上げ、南アフリカからダチョウの卵を日本に輸入したのでした。ダチョウの卵を観賞用として売ろうと思ったのですが、そのままでは味気が無いので、大量の卵1個1個に、父と絵が得意な私とで、図鑑を見ながらダチョウの絵を描いて商品化を目指したのでした。父は1個3000円程度で売ろうとしましたが100個程度しか売れず、大量の在庫を抱えて貧窮しましたが、今となっては笑い話。その後父は公務員に転職しました。

このブログアイコンになっているダチョウの卵は、私が11歳の時、おとうさんと一緒に2人で書いた、思い出の品なのです。

両親との別れ 

そんな父ですが、今から11年前、病気で亡くなり、父さんを一緒に看取った母さんも、6年前に病気で亡くなりました。

思うこと

10代の時は遊びで忙しく、20代の時は遊びと忙しく、しかし30代になって、家族を持ちようやく精神年齢ガキンチョから脱却し、自分が持った妻、子供を大切に感じ、その余力をもってして親孝行をしよう、と思えた頃には、私の場合、父も母も旅立っていました。もちろん父母のことはほとんど忘れて日々を過ごしていますが、ときどきふと後悔することがあります。10歳の頃あんなに大好きだった父さんとの思い出が、15歳から30歳にかけて、あまりないこと、思い出せないことに。

自分の家族と自分が一番、親孝行は二番で良いのですが、まさに「いつまでも できるとおもうな おやこうこう」です。自分の時間の一部を、今よりも少しだけ多くご両親との時間にあててみてはいかがでしょうか。

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